まるてる食堂(江古田)

緊急事態宣言は明け、いよいよ来週から飲食店の営業自粛も撤廃。しかしまだまだ通常の生活には戻っていません。

今日も最初はマヒグローバルダイニングでニハリカレーを頂きたいなあと思って行ってみたのですが、休業中。ハローオールドタイマーも覗いてみたけど、テイクアウトのみの営業継続中江古田HUTは臨時休業

色々当てが外れたので、頭を切り替えて和食に。江古田市場の「まるてる食堂」へ。

昨日は、漁師のあぶり家で今年初のサンマ定食を頂きました。今、なるべく揚げ物、油物を避けるようにしている期間なので。

ベスト体重は70㎏なのですが、動いていないせいか、ちょいちょい71〜2㎏にオーバーしがち。そのたびにジムで慌ててエアロバイクを漕いで体重を調整。夜は相変わらず炭水化物を抜いて、何とかコロナ太りを防いでいるという感じです。

今日は焼き魚定食でサバ塩をチョイス。小鉢も一品選べるのですが、とろろにしました。830円。ご飯少なめでオーダー。

お疲れ気味だったので「とろろ=スタミナ」みたいなイメージで何となく選んだのですが、何でだっけ?と思い浮かべてもパッと出て来ません。そこでスマホでググってみると、アミノ酸の一種であるアルギニンや、エネルギー代謝にかかわるビタミンB群など、疲労回復を促してくれる栄養素があるからという事だそうです。

こうして、何となく思い込んでいる事って多いです。僕ら放送作家って、何かを放送する前に裏を取ってチェックするというのが仕事の一つなので、その場で調べるのは職業病みたいな感じです。

そういえば、日本のマスコミは相変わらず「コロナ対策の遅れが」と報道しているのに対し、イギリスのガーディアン紙やアメリカのニューズウイークなど海外のメディアが「日本の主要メディアではネガティブな記事がヘッドラインを飾りがちだが、データを比較すれば他のG7諸国よりも日本はおおむねうまくパンデミックに対処している」と報じているので、実際どうなんだろう?と数字を調べてみました。

10月20日、G7の1日の新規コロナ感染者数(出典NHK)

アメリカ、8万6759人(人口3億3,006万人)
イギリス、4万8545人(人口6,722万人)
ドイツ、1万8802人(人口8,319万人)
フランス、5791人(人口6,706万人)
イタリア、3699人(人口5,955万)
カナダ、2727人(人口3,801万)

日本、323人(人口1億2294万)

ちなみに、G7では無いですが、10月20日のお隣り韓国は、1440人(人口5178万)。

ワクチン接種率でみても、日本はアメリカ、ドイツ、フランスを追い越していて、どうみても上手く行ってます。あとは油断をせずに、ワクチン接種証明書なども早く出して、気をつけながら日常にもどして行く時期なんだと思います。ワクチン接種で重症者が出にくくなったのであれば、インフルエンザレベルの警戒で良いのではなかと。手先の消毒とマスクの着用は今まで通りで。

ちなみに僕の故郷である岩手は、新規感染者感0で、入院、宿泊療養も0。全国で唯一コロナゼロの県に戻りました。入院患者一桁の県もいくつか出て来たので、このまま頑張って行きましょう。

いよいよ来週から飲食店の自粛解禁。僕も飲み友とは半年以上会っていませんが、久しぶりに会えるようになる事を楽しみにしています。

■まるてる食堂
■東京都練馬区栄町31-6
■営業:11:00~20:00
■定休日:無休
場所はこのへん
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和田誠展(東京オペラシティ アートギャラリー)

平野レミさんを番組ゲストに迎えるにあたり、旦那さんである和田誠さんの展覧会に行ってきました。

館内は動画とフラッシュによる撮影は禁止で、それ以外は撮影可。

右下に初代林家三平の似顔絵がありますが、その孫である林家たま平が今回の番組DJ。平野レミさんも林家一門、女将さんである海老名香葉子さんや、林家正蔵(こぶ平)さんとも交流があり、その息子の林家たま平に、こんな大きな子供がいたの?と驚いていました。

現・林家三平(いっ平)さんの襲名披露のポスターも和田誠さんの手による物。

展覧会は「和田誠が出来るまで」というコンセプトで、幼少の頃のお絵かきから、亡くなるまでの作品を年代順に追っていきます。

小学校1年生の時の絵日記がすでにこのクオリティ。

学校では絵を描くことを指導されるので、学校で絵を描くのは好きではなく、家で自由に描くのが好きだったそうです。

自分は、絵や音楽など習い事をしたものは何一つ身になっておらず、習わなかった文章だけが仕事となっています。確か絵も好きだったのですが、上手く描かなければと思ってから、お絵かきイップスのような状態になってしまった気がします。

24歳の時にデザインしたのが、ご存じハイライトのパッケージ。

41歳の時にスタートしたのが、文春の表紙のお仕事。

1977年5月から2017年7月に2000号を迎えるまで、40年という長きにわたって表紙を描き続けました。ちなみに、現在も過去に掲載された作品を採用するアンコール企画が継続中です。

こちらが和田家を表すような一枚。平野レミさんのレシピを、当時子供だったTRICERATOPSの和田唱さんと、次男の和田率さんが描いたイラストで和田誠さんが、料理本化。

番組でも伺ったのですが、そんな和田家の家族愛が素晴らしかったです。

↓平野レミさんの歌に続いて、平野レミさんが家族愛を語るシーンから流れます。

週刊文春の表紙の中に、生前に今回の会場、オペラシティが描かれた一枚がありました。

会場を後にした後、似たような場所を探して、歩道橋の上からパチリと一枚。

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